0.07mmの『improve』

紙一枚分の改善

電光石火

f:id:untarata:20210130203411p:plain

 

何が正しいか、正解なのかずっと頭で考えて、悩みまくっている。

何が効率的なのか、コスパが良いのかずっと考えて動き出せない。

 

それよか間違えてもいいから、とりあえず動いてみる。

非効率でも、とりあえずやってみる。

 

完全だと、安全だと、正解だと確信を持てることなどほぼない。

その不安定の中で動き出すこと。

 

勇気と自信が必要だと思うだろう。

だからって勇気と自信を獲得するために余計なタスクを自分に与えていると

どんどん遠回りになってしまう。

 

 

子供の頃、川に岩の上から飛び込む遊びをしたことがあるだろうか?

 

仲間数人で飛べないと腰抜け扱いされる。勇気あるものはどんどん飛び込む。

中には最後まで飛べない仲間もいた。

いつも結構強気に見えていてもだ。

 

自分は飛べた。結構早めに飛び込んだ。

 

でもそれは俺に勇気が人一倍あったからではない。

恐怖がなかったわけでもない。

 

最初に飛び込んだ仲間の無事を見て大丈夫、死なないと確信し

飛ぶ寸前に下を見て恐怖しても止まれない速度で

岩の先端まで走りこんだ

 

もう後は落ちるだけだ。

 

周りの仲間からは、おおっ!!という歓声が上がった。

やるじゃん!と。

 

数回その方法で飛び込んだら、やっと俺もできるって確信や自信を持てる。

 

同じ高さくらいならいつでも飛べる。

初めて見た人はおお!!と言ってくれるかもしれない。

勇気があると言ってくれるかもしれない。

 

でも実はそうではない。

 

本当に勇気があるのは、自分より先に飛んで見せた人だ。

でもその人にも先に飛んで見せた人がきっといるのだろう。

 

一見するととんでもない勇気の持ち主も

意外とそんなものかもしれない。

 

失敗したら命を取られると確実に決まっていること以外は

さっさとやって失敗したほうがいい。

 

さっさと100回くらい失敗するくらいの覚悟で挑めば、

意外とうまくいくものである。

 

 

 

 

 

 

として

 

 

例えばすごく好きな娘がいたとして

その人の幸せを本気で願ってるとして

 

その人の幸せに自分がどれだけ貢献できるか自信がないとして

自分よりほかの人のほうがその人を笑顔にできるとして

 

自分にできることは?

 

 

消えることか、諦めることか

 

 

例えばすごく好きな娘がいたとして

その人の幸せを本気で願ってるとして

 

その人の幸せに自分がどれだけ貢献できるか自信がないとして

でも今より1mmでも楽しくできたり笑顔にできたらと妄想したとして

 

自分にできることは?

 

 

結果はわからない

 

でも行動するしかない。

打ちのめされても、その過程の行動がちがう誰かに評価されたり。

もう塞翁が馬 

何がなにやらわからない

 

自分が好きな娘にとって世界一の男になりたいと切に思う反面、

その娘が幸せなら自分は消えてもいいやと思う自分がいるとして

 

一見やさしさに見える

けど

ただ臆病なだけ、自分に自信がないだけ。

 

俺が世界一幸せにしてやるなんて阿保みたいな勘違いな自信が1mmもわかない

 

 

そんな過去の自分に言う

 

「大丈夫、その努力や想いは巡り巡って花が咲く🌺」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現実で負ける前からもう勝負はついている。

f:id:untarata:20210126192514p:plain

 

 

 

現実で負けるずーと前、もしくは一秒前に自分の心の中で負けている。

 

自分が良くないと思うことを

良いと評価してくれる人もときたまいるけど

 

そんなものを期待してはだめだ。

 

背が小さい、ぶさいく、学歴が低い、金がない、

コミュニケーションうまく取れない、足が臭い、低血圧。

 

などなどコンプレックスがない人はいないけど

とりあえず今の自分から始めなければならない。

 

何かを克服してから自分を好きになるのではなく、

今の自分を好きになることで色々なことが克服させていく。

 

例えば自分を大切に思えないと、現実でも自分を大切にしない人が大勢現れる。

色々な欠点あっても自分を大切にしていれば、いつしか自分のことを大切に扱ってくれる人が集まってくる。

 

例えば、心の中で自分はぶさいくだからののしられて当たり前と思っていると

お前はぶさいくだからと罵ってくる奴が現実に現れる。

本当はぶさいくじゃなかったとしてもだ。

 ※人の価値観は時代や国によっても違うことから絶対的なものなどない。

 

 

自分の嫌なことから目を背けるために他人を利用すると

その方に多大な負担をかけることにもなるし、いつかその関係は破綻して

また自分から目を背けるために他人が必要になる。

 

 

今の自分を最高に評価することはできなくても、大切にすること。

 

自分の弱点探しに注いでいたエネルギーを他に回すこと。

 

きっともっと素敵なことが起こる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後回しにしたことは、人生からはみ出てしまう。

f:id:untarata:20210126185145p:plain

 

やりたいこと、やるべきこと、必要なこと、大切なこと。

 

色々あるけど。

 

やりたいことや大切なことを、

後回しにしてしまうと

次やれるチャンスはほぼない。

 

後でやろう、チャンスが来たら、余裕が来たら。

 

そんな時は来ない。

 

これが必要なこと、やらなければいけないことなら、話は別だ。

 

睡眠を後回しにしても、おしっこを後回しにしても必ずどっかではできる。

 

でもやりたいこと、大切なことはすぐ手からこぼれ落ちってしまう。

 

後回しにするときは、大げさに言えば、一生手放す、諦めるくらいの覚悟があったほうがいい。

 

諦めたくないなら、少しくらいの空腹や困難、疲労、ストレス、怠惰な気持ちに負けずほんのちょっとだけでも試みてみよう。

 

愛とか夢とか信念とか。

 

かっこいいじゃないか。

 

 

 

 

 

言うは易し行うは難し

f:id:untarata:20210111174840p:plain

 

いつでも思いやりがあり、礼儀正しく、謙虚でいる。

 

理想だがその状態の維持は困難を極める。

 

それができるのは

自分のプライド、立場、安全が脅かさせていない状態に限るのではないか。

 

だからこそ自分の立場、安全が危うい時にもこれができること、維持しようと試みることはカッコいいことだ。

 

そのためには、まず自分はどうにでもできるというような自信が必要だ。

逆に自分はどうなってもいいという悟りのような気持ちや諦め。

 

もしくは自分はどうなろうが、こっちのほうがより正しいという信念。

 

自信もない、信念もないでは逆境で紳士でいることなどできないのだ。

 

遠回りのようだが全部つながっている。信念と自信を育てよう。

 

 

 

 

 

達成できない目標は、

f:id:untarata:20210107204103p:plain

 

いつまでたっても達成できない目標。

これらは自分にとってそれほど価値はない。

もしくはそれに見合う代償を払っていないだけだ。

 

例えばお買い物。欲しいものが50万円で売っている。

50万円払えば手に入れられるが、払わなければ手に入れられない。

 

目標が叶うか、叶わないかは突き詰めるとこれと同じくらいシンプルだ。

 

代金を、代償を払うか、払わないかだ。

 

ぽっちゃりお腹だが魅力的なおなかな自分を手に入れたい。

そのためには、摂取カロリーより消費カロリーを少し多くすればいい。

 

それを魅力的お腹を手に入れるまでひたすら継続すれば良い。

 

そのための代償が、毎日お腹いっぱいまで食べないことだ。

魅力的なお腹は無理なことではないのに、達成しないのは目標よりも、

お腹いっぱい食べるって欲望、目標が勝つからだ。

もしくはやせたいけど、満足いくまで食べたいという矛盾した目標のせいだ。

 

やせたいなら、食べ過ぎない。

食べまくりたいなら、やせるのを諦める。

 

あれもこれもと目標や欲を出しすぎていて

結局何一つ満足できない。

 

50万円がポイっと出せる人もいれば、出せない人もいる。

それにそれほど価値があるのか疑問な人もいる。

 

買う、買わない、今は買えない人など色々いるけれど

50万円のものは50万円払えば手に入る。

 

自分にとって叶わない目標は、

自分の所持金が足りないからか、

そこまで払う価値がないと心のどっかで思っているか、

商品の値段を安く見積もりすぎているか、

ただで手に入れたいなとくだらない妄想をしているからだ。

 

正しさ、正義が勝つのではなく強いものが勝つ。

f:id:untarata:20210106201853p:plain

 

この世では、正しさよりも強さが勝つのだ。

弱ければいくら完璧に正しかろうが、不正、悪さ、ずるさに負ける。

 

10代の頃、自分は正しければ負けないと幼い理想を持っていた。

より正しくあろうと、もがいたりもしてみた。

 

そして何が正しい生き方なのか考え抜いた挙句、

何が正しいのかわからなくなった。

 

世の中は正しさでは動いておらず、強さで動いている。

 

強いものにぺこぺこせず、弱いものを助ける。

そんな幼い理想も、自分が強くなくては話にならない。

 

ほんの少しずつでよいから、日々強くなり続けたいと切に思う。

 

 

若いうちは日記をつけることをお勧めしたい。

10年後に読み返したとき、なんて自分勝手な正義やら正しいさを振りかざしていたんだろうと赤面できる。

そして反省し、周りにやさしくなり、より前に進める。

 

 

 

 

google-site-verification=sSFBB2_EjFJ7QJaoEosMxvJUAeh4gHZFlpJRKjrDSEU