0.07mmの『improve』

紙一枚分の改善

日記をつけている

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今年も日記を付けている。

日本人は日記好きと言われている。

 

いろんな日記が売っているが、自分は今年も高橋の三年日記を買った。

 

高橋の三年日記はこんな感じだ。

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一年前の今日何をやったか、何を感じたかがわかる。

自分が最初に高橋を買ったのは

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2001年。

つまり20年前だ。

昔から記録を残すのが好きだった。目標を書くのが好きだった。

読んだ本の内容を書いたりやるべきこと、やりたいことを書いた。

 

途中他の日記帳に浮気もしたが、三年後には同じ規格のものがない時が多かった。

書きたいときに日付を自分で入れるタイプも買ったが、使いきれなかった。

 

高橋日記帳を使っている時も毎日書けてはいない。空白の期間がたくさんある。一か月続けて、一か月空けてみたり。

 

でもそも空白も記録だ。忙しかったり、体調が悪かったり、何かにうつつを抜かしていた。

 

書いた目標が叶うことも多い。

叶わない望み、大きすぎる望み、見栄や維持、劣等感から余計なことも多くしている。

 

後から振り返ると自分の若さ、愚かしさに驚くこともある。

自分が完全に正しいと思っていたのに、完全に間違っていたり。

 

今では当たり前でずっと前からこんな自分のような気がしているが日記は正直で残酷だ。

 

成長している部分もあれば、失っている部分もたくさんある。

不本意ながら嘘になってしまったことがいっぱいある。

ゴメンナサイ

 

今の自分も5年後の自分から見たら、間違っているんだろう。

そして輝いているのだろう。

 

人生はつらいこと、失うこともいっぱいあるが、すべて自分で、一度しかない人生だ。

 

そして

今日が自分の残りの人生で一番若く可能性がある日。

 

そして塞翁が馬。

 

結果、何が良いのか、悪いのかはわからない。

 

だからどんな状態でも「有難いな」なんて思いたい。

そんな気持ちにさせてくれる日記帳だ。

 

どうか数十年後も無くならず存在してほしい。

 

高橋 3年日記

 

高橋 5年日記

 

試練は天から与えられた自分が決めた目標への道だ。

 

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何かを自分が決める。目標を決める。

 

そうすると天がそれを受け取って、

それを叶えるための道を与えてくれる。

 

それは逆境、試練、不運のような顔をして現れる。

 

その目標を宣言する前は平穏無事でも、何かしら困ったことが起こる。

 

でもそれは天が自分が決めた目標に到達するために作ってくれた道だ。

 

目標が大きすぎたり、そんな本気じゃなかった場合、与えられた試練を天からの目標への道とわからず不運を嘆いたり、最初決めたことを投げ出してしまう。

 

投げ出した場合、天はその道を試練を与えるのをやめる。つらいつらい言っていてかわいそうだからかもしれない。

 

自分が決めた目標をすぐ忘れてしまう人もいる。

いっぱいありすぎて何がないやらわからなくなっている人もいる。

 

本人が忘れていても天は一回は道を与えてくれる。

一回失敗しても、もう一度宣言すれば、天はまた道を与えてくれる。

 

不運、試練を嘆いている場合じゃない。

それは自分の目標達成への天から与えられた道だ。

 

そしてそれは他人が決めたことではなく、自分が自分に決めたことに対してだけ道を与える。

 

つまりすべて自分が因なのだ。嘆くな。

 

 

 



今日しないことは、明日もできない。

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子どもの頃は今日できなくても

明日できる可能性が溢れていた。

 

ただおっさんに近づくにつれて、若いころできていたことでも、できなくなってきたりする。

 

例えば徹夜、持久力、単純な暗記。

 可能性より衰えていく自分に気づいたりする。

 

でも日々やっていることはそのまま出来ている。

 

継続したいこと、やりたいことは今日必ずやるべきだ。

 

自分の人生の残りで一番若いのは今日。

 

いくつになっても一番若い日は今日である。

 

だけど、今日やらないことは、明日できない。

 

前できていたこともしばらくやっていないとできなくなっている。

若いつもりで、時間は止まることなくどんどん過ぎていく。

 

若い人も、壮年期、中年期、後年期も大切なことは、継続したいことは今日しよう。

 

今日試みれば明日は幾つでもどんな状態でも進化する可能性がある!!

 

 

 

電光石火

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何が正しいか、正解なのかずっと頭で考えて、悩みまくっている。

何が効率的なのか、コスパが良いのかずっと考えて動き出せない。

 

それよか間違えてもいいから、とりあえず動いてみる。

非効率でも、とりあえずやってみる。

 

完全だと、安全だと、正解だと確信を持てることなどほぼない。

その不安定の中で動き出すこと。

 

勇気と自信が必要だと思うだろう。

だからって勇気と自信を獲得するために余計なタスクを自分に与えていると

どんどん遠回りになってしまう。

 

 

子供の頃、川に岩の上から飛び込む遊びをしたことがあるだろうか?

 

仲間数人で飛べないと腰抜け扱いされる。勇気あるものはどんどん飛び込む。

中には最後まで飛べない仲間もいた。

いつも結構強気に見えていてもだ。

 

自分は飛べた。結構早めに飛び込んだ。

 

でもそれは俺に勇気が人一倍あったからではない。

恐怖がなかったわけでもない。

 

最初に飛び込んだ仲間の無事を見て大丈夫、死なないと確信し

飛ぶ寸前に下を見て恐怖しても止まれない速度で

岩の先端まで走りこんだ

 

もう後は落ちるだけだ。

 

周りの仲間からは、おおっ!!という歓声が上がった。

やるじゃん!と。

 

数回その方法で飛び込んだら、やっと俺もできるって確信や自信を持てる。

 

同じ高さくらいならいつでも飛べる。

初めて見た人はおお!!と言ってくれるかもしれない。

勇気があると言ってくれるかもしれない。

 

でも実はそうではない。

 

本当に勇気があるのは、自分より先に飛んで見せた人だ。

でもその人にも先に飛んで見せた人がきっといるのだろう。

 

一見するととんでもない勇気の持ち主も

意外とそんなものかもしれない。

 

失敗したら命を取られると確実に決まっていること以外は

さっさとやって失敗したほうがいい。

 

さっさと100回くらい失敗するくらいの覚悟で挑めば、

意外とうまくいくものである。

 

 

 

 

 

 

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